展示刀リスト


展示刀は下記の40口となります。

(事情により一部変更される可能性がございますことを予めご了承ください)

  1. 太刀 銘 来國俊
  2. 太刀 國宗(備前三郎)
  3. 太刀 無銘伝真守(大摺り上げ無銘)
  4. 太刀 長光
  5. 太刀 一 助行
  6. 太刀 備州長船盛景(折り返し銘)
  7. 太刀 備州長船師光
  8. 太刀 銘 備州長船左衛門尉秀光 至徳三年十一月日
  9. 太刀 備州長船盛光
  10. 太刀 銘 備州長船貞家 應永 永廿八年二月日
  11. 刀  彦兵衛尉祐定
  12. 刀  源兵衛尉祐定
  13. 刀  備前國住長船藤原清光作 天文二十二年八月吉日(室町末期)
  14. 脇差 藤嶋友里
  15. 刀  手掻包貞
  16. 刀  岩捲
  17. 刀  軍勝作
  18. 刀  兼定 間住兼定作
  19. 刀  兼元作
  20. 刀  兼法作 文禄四年八月吉日
  21. 刀  國廣
  22. 脇差 出羽大掾藤原國路
  23. 脇差 南紀重國
  24. 短刀 葵紋肥後大掾藤原 越前康継
  25. 刀  用恵國包作
  26. 刀  肥前國住武蔵大掾藤原忠廣 八月吉日
  27. 脇差 近江大掾藤原忠廣
  28. 刀  伊予掾宗次
  29. 刀  陸奥大掾三善長道 上鍛
  30. 脇差 井上和泉守國貞 菊紋寛文十二年二月日
  31. 脇差 長曽称興里入道乕徹
  32. 刀  大和守安定
  33. 刀  但馬守法定寺橘貞國
  34. 刀  筑州住源信国信國重包
  35. 脇差 筑州住源信国信國重包
  36. 脇差 對馬入道常光 圓鍛 延寶九辛酉二月日
  37. 刀  水心子正秀・花押 大樹剣工五郎入道正宗末孫源綱廣
  38. 刀  薩藩臣奥元平 天明五年乙巳八月日
  39. 刀  石堂運壽是一精鍛作之 萬延二年二月日
  40. 薙刀 源清麿 嘉永五年八月日

展示刀サンプル(押形)

展示を予定している日本刀の一部を押形でご紹介いたします。 

太刀 備州長船盛光

備前国(岡山県)室町初期 応永(1410)

刃長 二尺四寸、反り 八分二厘

元幅 一寸四厘、先幅 六分八厘、元重 二分五厘、先重さ 一分五厘

鎬造り、行の棟。約一寸五分摺り上り目釘穴三。表裏に棒樋をハバキ下で丸留(この樋は生ぶ)。

元幅広く、重ね厚いシッカリとする体配。

地鉄の鍛え、小板目肌。やや流れる肌交じる。地中乱れ映りが立ち見事。

刃文、匂い主調の小乱れ、小丁子乱れ、小互の目を交える。

刃中小足、葉盛んに入る、ボウシ乱れ込み先尖り気味で返る。

盛光は修理亮と云い、長船師光の子との説がある。

室町初期の備前を代表する刀工で、一般に応永備前と呼称される刀工の一人。

現存する作刀数は多く、本刀はその中でも刃文が古調な作であり一見鎌倉期の作を思わせる。

長寸であった為、後世摺り上げられているが古調溢れた優刀である。

加賀前田大聖寺家伝来


太刀 長光

備前国(岡山県)鎌倉中期 文永頃(1270)

刃長 二尺三寸三分五厘、反り 九分九厘

元幅 九分七厘、先幅 六分、元重 二分五厘、先重 一分五厘

鎬造り行の棟。生ぶ茎目釘穴三。身幅頃合い、元踏張り有って腰反り気味の総反り強い、小鋒の刀姿。

表裏に棒樋を茎に掻き通す。

地鉄の鍛え、板目肌、杢交じりで地景入り、練れて肌模様見え、総体乱れ映り立ち美事。刃文、匂い主調の丁子に少し互の目交じる、丁子足、葉盛んに入り、金筋、稲妻状の働き多く華やかな乱れ。

横手下僅か小丁子となり、ボウシは直ぐ状の小乱れ、先は小丸に少し返る。

附・黒革包太刀拵(笹丸太刀拵写し)

 

長光は長船派の祖、光忠の子で長船鍛冶嫡系。

その作刀期間も長く優れた作が多い。作風は、初期の頃は父光忠に見る丁子乱れ華やかな一文字風があり、その後は下半を丁子乱れ、物打辺りを直ぐ調となる刃文が多く、後期は直ぐ刃、足入りの作、と変化が見られる。

本刀は、刃文から長光の前期の作と思われ、丁子乱れ華やかな作となっている。茎の銘字、長の字が多少朽ちているのがおしまれる。

紀州徳川家伝来


刀 兼元

美濃国(岐阜県) 室町後期 大永頃(1525)

刃長 二尺四寸二分、反り 六分強

元幅 一寸八厘、先幅 七分二厘、元重 二分六厘、先重 一分七厘

鎬造り、行の棟。生ぶ茎、目釘穴一。

元幅広く重ね厚い踏張り有ってガッチリとする体配、腰反り気味の総反り。地鉄の鍛え、板目肌、柾に流れ刃縁柾流れ状となる。

地鉄は軟質感あって白ヶ映り立つ。刃文、匂いに叢沸付く不規則な三本杉調の互の目。ボウシは乱れ込んで地蔵風に返る。

室町後期の初代兼元(明応頃)の子二代兼元、俗名を孫六と称する。

戦国時代美濃の関鍛冶は全国でも備前に並ぶ刀剣生産地となり兼定、兼常、兼房等の数々の刀工を輩出した。

その中の代表工の一人が兼元である。兼元は刃文が特徴的で互の目乱れが三ツ尖った刃は山々の杉の木を連想させるところから、関の孫六三本杉と称されその名を馳せた。

兼元を始めとして美濃刀は刃が冴え且つ物斬れするところから戦国の多くの武将に好まれた。


脇差 長曽称興里入道乕鉄

江戸(東京都) 江戸前期 寛文(1673)

刃長一尺七寸五分、反り 五分

元幅 一寸四厘、先幅 七分、元重 二分三厘、先重 一分五厘

鎬造り、行の棟。生ぶ茎、目釘穴一。少し反りのある踏張りつく刀姿。

地鉄、板目詰み地沸つく、ハバキ元肌立つ。

刃文、焼き出しを見せ、互の目、砂流し、沸裂け交え、上部にいくに従い段々大きくなり、物打辺より迫力ある乱れとなる。

ボウシ、横手下くびれ特徴ある小丸となり返る。

御存知江戸の乕鉄の一振り。